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執筆者の写真作家 龍村暁

恵比須顔の女


 前回取り上げた仏頂面の反対は「恵比須顔」だ。辞書によると、七福神の恵比須さんが笑っているようなにこにこ顔のことだという。

 年の頃は50歳前後。駅に向かう途中、しょっちゅうすれ違う女である。決まってスマホを耳に当て誰かと話をしている。そのうえ決まって笑っている。ただし、げらげら笑っているのではない。恵比須顔で笑っている。

 こっちは電車に乗るために駅に向かっているが、あっちは電車から降りて職場に向かっている。小柄で細身、丸顔で肩までの普通の髪。メガネはかけていない。スカート姿しか見たことがない。

 しかし、歩きながらずっとスマホを耳にあてている。歩きながらずっと話している。駅から歩いて5分ほどの距離である。話しているうちに(たぶんあそこの)職場に着いてしまう。なのにずっと。

 うーむ、これはどういうことだろう。

 年齢からすると、すでに結婚して子供もいるだろう。その子供がかわいくて、ほんの少しでも時間があればスマホで声を聞きたいのか。だとすると、子供も電話で話せる状態にある。朝、職場に着く直前の時間帯に電話で話せる子供とは。学校に着く直前の子供なのか。「勉強、がんばって」「ママも仕事がんばって」と励まし合う母の姿なのだろうか。

 それもありえないことではない。毎日毎日、そうやって愛を確かめ合う母子だっているだろう。しかし、家を出るときに言葉をかければいいではないかとも思える。

 そうじゃなく、ぞっこんの夫婦が寸暇を惜しんで電話で話しているのだろうか。母子より変だ。寸暇を惜しんで、それも屋外で、自宅から離れた場所で。しかも、話している際中、ずっとにこにこ顔で。もうここまでそろったら「不倫」の二文字しか浮かんでこない。時間があれば不倫相手の声が聞きたい。しかし、家庭や職場じゃ無理。やっと見つけたのは通勤途中の時間帯だった。

 本当はどうか知らないが。

 他人の不倫をとやかく言う気はないし興味もないが、ひとつだけお願いがある。その不気味な恵比須顔、やめてもらえませんか。

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