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粉になった男

顔中、大きなシミだらけ。でっぷり太って喫茶店の椅子にふんぞり返って座っている。太鼓腹がじゃまだからなのか、そんな座り方しかしたことがないのか。それはわからない。


青なのか紫なのか判別のつかないチェック柄の半袖シャツを着て、ベージュなのか薄緑色なのか見分けがつかないスラックスをはいて、黒ベルトに黒革靴。


コーヒー一杯でどれだけの時間過ごしているのか、後から入った者にはわからない。ひとりで黙って座っている。入ってくる客にいちいち視線を投げかけて、ニヤッとしたりしなかったり。本を読むこともなく、新聞を広げることもなく、スマホをいじることもなく、時間をつぶしている。


わしは会社に人生を捧げた。身を粉にして働き、家庭を犠牲にして社の業績アップに貢献した。だから、役員まで昇進したんだ。同期入社の中で誰が一番優秀だったかって? わしに決まっている。そんなわかり切ったことを聞くな。わしが会社にぶらりと立ち寄れば、かつての部下(いまじゃ専務取締役のやつも含め)たちは、丁重に応接室に通してくれる。


いま会社がどうなっているか聞いてやれば、いろんな課題を相談してくる。わしは親切にアドバイスをしてやることにしている。それがわしの務めだと思っているからだ。しばらく時間を過ごして帰るときには、玄関で見送りまでしてくれる。かわいい後輩たちである。


家に帰れば古女房が夕食の支度をして待ってくれているのが常だったが、最近、その間隔があいている。女房もいろいろな付き合いがあって外出することが増えているらしい。高校、大学の同級生や近所の奥さんたちとの付き合いだという。


必然、わしはどこかで夕食を済まして帰ることになるが、このところそれもおっくうになってきた。そば、うどん、ラーメン、カレー、パスタの繰り返し。これじゃ、現役サラリーマン時代の昼食と同じと気が付いた。コンビニで買う弁当の方がよっぽどバラエティーに富んでいるから、それを買って帰ることにしている。


女房の付き合いは夕刻だけでなく、昼間もある。そのときはコンビニのおにぎりやカップラーメンで済ます。もう慣れっこになってきた。


図書館で本を読んで過ごすことが増えた。それでも時間が余るときは喫茶店のはしごで時間をつぶす。眺めるといろんな客がいるもんである。仕事をさぼってコーヒーを飲んでいる営業マン、ずっとしゃべっている中年女性グループ、ノートパソコンを開いて勉強したり仕事をしたりの若者ら、30分もかけずに昼食をとって出ていくサラリーマン、わしみたいにぼやっといつまでも座っている年寄り。本当に千差万別だ。


そろそろ帰るが、おかわりのコーヒーで腹がたぷたぷだ。

女房の帰宅は遅くなるらしい。

食欲がないから今日の夕食はなしでいい。

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