※写真と記事は関係ありません
きれいに整えたスポーツ刈りの彼は、いつも同じ時間の電車に乗っている。先頭車両の一番前のドアに立ち、ガラス窓から二十代前半のキラキラした目で外を眺めている。
すっかり夏の気温になったから、Tシャツ一枚に流行の七部丈ジーンズ、ジョギングシューズ、肩かけカバンといういでたちだ。ただ、ちょっと背が低く、色白でぽっちゃり型なのがマイナス点か。
終着の駅に到着すると、いの一番にダッシュする。そんなに走らなくても乗り換えの時間に心配はないのに、いつも走っている。一生懸命な走りである。
あとから乗り換えのホームに着くと、彼はあっちに行ったり引き返したり、困った風の顔が印象的だ。でも、何にも困っていないことはわかっている。
電車に乗って学校(職場かな)に通っているんだろう。お母さんは、あの肩かけカバンに弁当を入れて送り出しているに違いない。
「〇〇ちゃん、気をつけて行ってらっしゃい」
彼はきっとこう返事をする。
「うん」それだけ。
首を何度も縦に振ってお母さんを安心させているのかもしれない。それが彼の優しさなのだ。
彼は学校(施設かな)でちゃんと過ごし、弁当は残さず食べる。それも彼の優しさだ。「お母さん、おいしかったよ」と言いたいけれど、うまく言えないから。
帰りも同じ時刻の電車に違いない。一人で乗って一人で歩いて自宅に帰る。いつものようにお母さんが待っている。夕ご飯づくりの手を止めて、お母さんはこう言うだろう。
「〇〇ちゃん、今日はどうだった?楽しかった?」
彼はこう答える。
「うん」それだけ。
あんまり言葉に抑揚も、笑顔もないけど、お母さんは満足だ。
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