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執筆者の写真作家 龍村暁

私の席に座る美女


 通勤電車は、いつも同じ車両に同じメンツがそろう不思議な空間である。

 まず、ホームで2列で並ぶとき右の列か左の列かだいたいの人間が決めている。到着電車のドアが開き、車両に乗り込んでから右の通路に進むか左の通路に進むか、それも決めている。だからだいたい同じメンツが同じ通路に立つことになる。  こうなるのには理由がある。それぞれの戦略が背景にあるからだ。経験上、どの駅でどれだけの席が空くか、おおよその見当がついている。どの車両のどの位置に立っておけば高い確率で座れるという戦略だ。  しかし、それでもあてが外れることがある。子供らが夏休みや冬休みのとき、新入社員の通勤が増える春先、盆や正月など通勤客のメンバーや数は変化している。鉄道事故の影響で乗り換え客がなだれ込んでくることもある。

 もっと確実性の高い戦略がある。それは、毎日同じ駅で降りる通勤客を特定しておき、その客を見つけたら、座っている席の真横に立つという戦略だ。これだとほぼ確実に席を確保できる。

 最後の最後に、別の人間に席を奪われないようにする方法もある。他人が割り込めない微妙な位置というものが存在し、それを守っていれば他人に席を奪われる心配はない。「この席は私のもの」と無言の意思表示をしているようなものだ。

 実はその戦略を巧みにとる女がいる。特急電車に乗り、ターミナル駅の乗降をとらえて座席を確保すると、女は次の駅で乗ってくる。私を見つけるとすぐ横に立ち、そこから動かない。絶妙な立ち位置を決めて「次は私が座る」と無言の主張をする。3駅先で私が降車するとき、女は絶妙のタイミングで私の席に座る。名人芸である。

 20歳代後半、すらりとした美人で、いつもおしゃれに気をつかっている。事務系のOLに違いない。おじさんが座ったあとの温もりが気持ち悪いかもしれない。気の毒に。いつも電車を降りながら気をつかう。しかし、それでいて嬉しいような妙な気分である。

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