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執筆者の写真作家 龍村暁

吸血鬼だ

更新日:2022年7月20日


吸血鬼はそこにいる

青白い顔、ガリガリに痩せた体、神経質そうな眼、真っ黒い髪の毛を逆立てて、ぶっとい黒縁のメガネをかけている。長袖のシャツを腕まくりして暑さをしのいでいるが、ちっとも暑そうではない。暑さを感じない体質に違いない。


真面目で平凡なサラリーマンを装っているが、本当は吸血鬼だということが丸わかりだ。もっと上手に装えばいいのにと思う。


サラリーマンはそんな派手なストライプのシャツは着ない。サラリーマンは髪を逆立てたりしない。サラリーマンはそんなペシャンコなリュックは持たない。


どこから来た吸血鬼なんだろう。きっと、はじめて関西に来た田舎者だろう。アジア系の顔だちからすると、極東四国、すなわち日本、韓国、中国、台湾、おっと台湾を国と呼んだら中国が怒る。三国・地域だ。国と地域を「・」でつなげるか「、」でつなげるか、は大きな違いだが、ここでそんな話はやめておこう。国際政治の問題だ。


とにかく、そのどこかの田舎から来たやつに違いなかった。吸血鬼はまばたきもせず特急電車のすみの席に座っていた。どこかの会社に出勤するように見せかけているが、そうではない。


なぜそう言えるのかというと、青白い顔に朝のだるそうな表情がないからだ。

サラリーマンなら「また、月曜日が来た。一週間、仕事に追われるのか」という絶望的な心境が表情ににじみ出ているものだ。それがない。逆に「月曜日だ。頑張るぞ」という雑巾から絞り出したような元気もない。淡々と何も感じない様子でじっと前を見て座っている。それでサラリーマンのわけがない。


これだけ証拠がそろっていて吸血鬼だと察知できない周囲の乗客が信じられない。車両の隅からジワジワ漂ってくる妖気がわからないのか。


吸血鬼はひとの視線を感じないほど集中していたのか、都会に来ただけで緊張していたのかはわからない。三宮ですっと席を立つと人混みに紛れていった。明日の朝刊に血を吸い取られて死んだ神戸の誰かのことが載るかもしれない。


吸血鬼が座っていた席に座ってみた。尻が凍るほど冷たかった。

#吸血鬼#サラリーマン#通勤電車

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